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紅茶医学よもやま話~お国柄編~

 KUREHA西日本支部のクラムボン(相京)です。ひとり医学班を自称しており、昨年の夏コミでは「紅茶はインフルエンザに効くのか?~現代医学のパラダイムシフトを考える~」と題して、紅茶界隈のヘルスリテラシー向上を図るという高尚な名目の下、エビデンス・ベースド・メディシンの歴史及び現在について好き勝手に語らせて頂きました。今回のアドベント・カレンダーの記事では、紅茶医学よもやま話の続編として、世界の紅茶医学研究の断片をご紹介します。



 まずは、紅茶の血管保護作用を保つためには紅茶にミルクを入れるべきではないと主張する論文を紹介します。


Mario Lorenz, et al. Addition of milk prevents vascular protective effects of tea. European Heart Journal, Volume 28, Issue 2, January 2007, Pages 219-223.


こちらの研究はシャリテー病院(ドイツNo.1の大学病院)で行われたものですが、プレスリリースが出されるや否や、AFPをはじめとするフランスのメディアでこぞって報道されました。今でもインターネット上で当時の記事を確認できます。


 紅茶の飲み方は地域によって全然異なります。紅茶大国イギリスでは、比較的容易に紅茶を手に入れることができたため、食事とともに楽しめるよう、ミルクティーが定番となっています。欧州大陸諸国には、このような紅茶文化はありません。たとえば、海峡を挟んだフランスでは、イギリスのような貿易上の強みを持たなかったためか、あるいは当時の医学会のためか、諸説ありますが、ともかく日々の嗜好飲料の座は珈琲に譲り、紅茶はあくまでも高級な嗜好品として、フレーバーティーなどの形で愉しまれるようになりました。フランスの珈琲文化はカフェ文化として花開き、歴史的にも大きな実りをもたらしました(飯田美樹『カフェから時代は創られる』2020)が、こと紅茶に的を絞れば、フランスの人々がイギリスのミルクティー文化に多少複雑な感情を抱いていたとしても驚きはありません。本研究に対する鋭敏な反応にも納得がいきます。



 お次は中国から発表された研究で、緑茶を飲む習慣がある人では心血管リスクが低下したのに対して、紅茶を飲む人ではそのような効果は見られなかった、とするもの。まだ出版されたばかりの新しい論文です。


Xinyan Wang, et al. Tea consumption and the risk of atherosclerotic cardiovascular disease and all-cause mortality: The China-PAR project. European Journal of Preventive Cardiology, Volume 27, Issue 18, December 2020, Pages 1956-1963.


中国には、キームンに代表されるように、茶葉生産において紅茶文化をリードする紅茶大国という印象がありますが、市井の実態は少し異なるかも知れません。


中国では紅茶は飲まないのですか、と聞いてみたら、ほとんどが緑茶で、たまにウーロン茶、紅茶はリプトンのティーバッグを飲むという。一般的に紅茶は渋いので中国の料理には合わず、中国で紅茶を飲む人は少ないとのこと。

(磯淵猛『紅茶の国 紅茶の旅』1996)


磯淵氏のこのエッセイから早くも四半世紀。当地の紅茶の飲み方にも多少の変化はあるでしょう。しかし、これは舌に染みついた文化的嗜好の問題ですから、おそらく今でも、紅茶より緑茶を好む気質は変わっていないのではないかと思います。彼らにとって、緑茶が紅茶に勝るという研究成果は、確かに受け入れやすいものでしょう。



 ここで紹介した論文の選択は全くもって恣意的であり、また、諸々の背景事情についても、それぞれの研究結果の信頼性を貶めるものではありません。私の知る限りでも、異なる条件下の研究で同様の結果を示唆しているケースが存在することを書き添えておきます(たとえば緑茶と紅茶の比較については、本邦より、Journal of Epidemiology and Community Health 2011;65(3):230-240)。依然十分な証明には至っていませんが、ポリフェノールの活性に注目してこれらの研究成果を説明する試みもなされています。しかし、それでもなお、特に紅茶のような文化的嗜好品に関する研究には、社会背景や利益相反によって動機付けされる契機が少なからずあり、その成果物についても眉に十分に唾をつけて取り扱うことが求められます。


 昨年の夏コミに寄せた記事では、EBMに基づくGRADEシステムという客観的判断基準をお示ししましたが、今回はより直截に、研究内容とお国柄との関係について考察、もとい妄想してみました。もっとも、紅茶文化に関する知識を利器とした妄想は、それ自体がひとつの楽しみにもなりえます。本稿の「妄想」は如何でしたか。若干筆を走らせすぎた嫌いがありますが、ご容赦ください。明日以降の記事もお楽しみに。


文責:クラムボン

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