再会のご挨拶
皆様、いかがお過ごしでしょうか。紅茶同好会KUREHAのAdvent Calendar 2021で12/21の記事を担当いたします修士課程1年の河口と申します。
ここまでの記事はご覧になっていますでしょうか?12/7の記事 では缶についての記事でしたが、私は北欧紅茶(Tea center of Stockholm)の空き缶がお気に入りです。12/13の記事では焼き菓子が紹介されてましたが、私はLotus bakeriesのBiscoffが大好きです。様々な記事がありますので是非読んでみてください。
さて、雑談はこれくらいにして本題に入りましょう。今回の記事は12/3の記事に引き続き、紅茶に関する事柄を絡めて英語史を語っていきたいと思います(12/3の記事はafternoonだけで終わってしまいましたが……)。
第三幕
日本語では、紅茶やコーヒーには「淹れる」という動詞を使いますよね。これは英語ではbrewという単語に該当し、brew teaやbrew coffeeというように使います。勿論make teaやmake coffeeでも良いのですが、ネイティブ曰くおしゃれさに欠けるそうです(日本語でも「お茶を作る」や「コーヒーを作る」というのと同じ?)。
一方で、お茶にはsteepという動詞によっても「淹れる」という意味を表せます。もともとは浸すという意味なので、コーヒーにはあまり使えない(らしい)です。「珈琲と同じ英単語を紅茶に使うのは耐えがたき事である」という紅茶過激派の方は是非brewではなくsteepを使う事をお勧めします。
ここから英語史に移りましょう。実は、英語史が好きな人は三度の飯より不規則変化動詞が大好きで、不規則変化動詞を見るだけで狂喜乱舞します(※諸説あります)。そのため、このsteepという綴りを見ると英語史が趣味の私は辞書で活用形を調べてしまいます。というのも、“ee”+子音で終わる動詞、特に “-eep” という形で終わる動詞は不規則変化動詞が多いと考えたからです。例えば、私が思いつくだけでも
(現代英語)
現在形 ― 過去形 ―過去分詞
creep「這う」: creep― crept ― crept
keep「保つ」: keep― kept ― kept
sleep 「眠る」: sleep― slept ― slept
sweep「掃く」: sweep― swept ― swept
weep 「泣く」: weep― wept ― wept
というような具合です。上記の傾向を踏まえ、私はsteep― stept ― stept という変化を期待して家の辞書を開きました。そこには
steep「浸す」: steep― steeped ― steeped
とありました。そうして私は悲しみの海に沈みました。
悲しみの海の底で私はこれを記事にしようと私は考えつきました。なぜsteepは不規則動詞ではないのでしょうか。そもそも、なぜ不規則変化動詞はあるのでしょうか。それらを英語史にさかのぼって見てみましょう。前提知識となる為に前回の復習をしますが、英語という言語は古英語 (5c-12c) > 中英語 (12c-16c) > 近代英語(16c-20c)> 現代英語 (20c-)という言語変化をたどっていることを思い出してから以下に進んで下さい。
古英語では弱変化動詞と強変化動詞という2つのグループがありました。弱変化動詞は現在形に語尾をつけて活用形を作る動詞群です。強変化動詞は現在形の母音を変化させることで活用形を作る動詞群です。文章だけではわかりづらいと思いますので以下に一例を挙げておきます。注意していただきたいのは、現在の英語と異なり古英語ではあらゆる法・人称・時制について活用を行います。
弱変化動詞hælan(現代英語のheal)と強変化動詞singan(現代英語のsing)の活用。
※æ,þという文字は現代英語(米発音)のa,thとほぼ同じ発音。
沢山活用があって大変かもしれませんが、今回見るのは現代英語の現在形、過去形、過去分詞系に直結する直接法1人称単数現在、直接法1人称単数過去、過去分詞だけです。取り出して古英語と現代英語で比較してみると
(古英語)
現在 ―過去 ―過去分詞
hælan 「治す」 : hæle― hælde ― hæled
singan「歌う」 : singe― sang ― sungen
(現代英語)
現在 ―過去 ―過去分詞
heal「治す」 : heal― healed ― healed
sing「歌う」 : sing― sang ― sung
となり、古英語と現代英語と見事に対応する事がわかります。このように古英語の弱変化動詞、強変化動詞の活用によって規則変化動詞、不規則変化動詞の活用は説明できることが多いです。
しかし、弱変化動詞は規則変化動詞、強変化動詞は不規則変化動詞にそのまま対応するかと言われるとそうではありません。現代英語の規則変化動詞及び不規則変化動詞になるまでに外来語も含めて再分配されてしまいました。
現代英語の規則変化動詞と不規則変化動詞の構成
この時、強変化動詞の一部が規則変化動詞になるというのはどういう事でしょうか?これは他の文法を当てはめていく「類推」(「誤用」とも)という現象に基づきます。規則変化動詞の方が多く規則が簡単なこともあって「動詞には-edを付けて過去形や過去分詞系を作る」という規則を当時の英語話者達は類推しました。その結果(本来不規則変化動詞になるはずの)強変化動詞の一部に適用され、それが定着して強変化動詞なのに規則変化動詞になってしまったということになります。これは日本語でも古文の変格活用(カ変、サ変、ナ変、ラ変)のうちカ変(来る)とサ変(する)は現代も変格活用として残っていますが、ナ変(死ぬ)とラ変(ある)は類推により五段活用になったということでも確認できます。
一方で、弱変化動詞の一部が不規則変化動詞になることも確認されています。これは現代英語を分析する事で解決できます。不規則変化動詞には大雑把に
① 母音を変化させる不規則変化 sing-sang-sung
② t,dなどがつく不規則変化 leave-left-left
③ 無変化形 set-set-set
の3系統に分類できますが、このうち①は強変化動詞の活用、②③は弱変化動詞の活用に由来します。というのも、t,dは強変化動詞の活用では登場しない子音なので②が弱変化動詞に由来するからです。③は活用上t,dが二重になる事から省略した結果無変化になりました。以上より、弱変化動詞も不規則変化動詞になり得るという事になります。
先ほど紹介した “eep”で終わる不規則変化動詞(creep, keep, sleep, sweep, weep)はどうでしょうか。これらの過去形・過去分詞系子音tで終わるので上記で②の不規則変化動詞に相当します。一方、古英語ではkeepは弱変化動詞でそれ以外のcreep, sleep, sweep, weepは強変化動詞なので、keep以外の動詞は本来は活用が異なるはずです(ただし、sleepは古英語の段階で弱変化動詞の類推からt,dが登場する過去形が作られていたりするようです)。しかし、ここでも類推が働きます。 “eep”で終わる動詞のうち、登場頻度が高いkeep(及びsleep)の活用を踏まえ、「“eep”で終わる動詞は過去形と過去分詞系を“-ept”で作る」という規則を類推した結果、keep以外の動詞も不規則変化動詞になったという事が考えられます。
さて、長い旅を経てようやくsteepに戻って来ることが出来ました。ここで問題となるのは「なぜsteepには『“eep”で終わる動詞は過去形と過去分詞系を“-ept”で作る』という類推が適用されなかったのか?」という事に帰着されます。これは遠い過去の出来事なので決まった解答というのはありませんが、私の仮説を述べておきます。
ここで注目したいのは、steepは歴史が浅い動詞であるという事です。古英語から存在するcreep, sleep, sweep, weepは歴史が古い動詞であり、しかも本来ならば不規則変化動詞に該当するという前提があります。一方、steepはOxford English Dictionaryによると初出は1390年であり古英語以降に使われ始めた動詞になります。よって解答として「steep― stept ― steptという類推があったかもしれないが定着するまでの時間が足りず、結局規則変化となったから」という仮説を立てることが出来ます。
また、規則変化や不規則変化には使用頻度との関係も確認されており、使用頻度が低い動詞は規則変化になりがちであるという事が報告されています。これももしかしたらsteepの場合と関係があるかもしれません。
終わりに
前回のafternoonに引き続き、今回もsteepという動詞の活用形だけでとんでもなく長い文章を書いてしまいました。流石にこれ以上書くと英語史同好会KUREHAになるのでここでお開きといたします。
全部を通しての感想ですが、当記事は「紅茶から始まる英語史小話」と題しておりますが、紅茶要素も薄ければ小話でもない、誰をターゲットにしているのかすらよく分からない記事が出来上がってしまいました。実は第五幕までの題材を下書きでは書いていたのですが、残念ながらお蔵入りとなりそうです。ここまで全部読んだ方はおそらくごく少数かと思いますが、英語史の面白さを少しでも味わっていただけたならば幸いです。
え?紅茶?そういえばそんなものもありましたね……。紅茶ひいては当会を引き続きよろしくお願いします。
おまけ
諦めきれずにOxford English Dictionary 及びThe English Dialect Dictionaryを見てみたら数はごく僅かですが過去にsteptの用例があることが確認できました。
steptの用例を見つけて喜んでいる私の模式図。
文責:河口祐希
関連文献
・堀田隆一(2009-2021)「英語史ブログ」(リンクはこちら)
・松瀬憲司(2019)『不規則の中の規則性』(リンクはこちら)
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